
山想雑記
例年より十日程早く庭の枝垂れ桜が開花しました。山猫軒は昨年七月から店主病気のため休業していましたが、病の回復状態によっては枝垂れ桜の咲く頃には再開したいと思っていました。幸い順調に回復し、再開は四月の十四、五日かと考えていました。ところが3月に入って暖かい日が続き三月下旬にはもう咲きそうな気配です。幸いというか寒の戻りで延びて四月の二日に開花しました。ここ数日寒い日が続きましたので十八日頃までは見頃と思います。
予定外の開花の早さに慌てて開店準備、十ヶ月ぶりのパンやケーキ作り、家内はベーコンやロースハムの仕込みで張り切っています。
休業中は沢山の方に励まされ、再開を待っていますとの言葉がどれほど嬉しかったことか。感謝の気持ちでいっぱいです。
店主も店もだいぶガタがきましたがもう一踏ん張りがんばれそうな春到来です。
キャンプ夜話
秋の夜長ならぬキャンプの夜長の寝物語、他愛ない昔話ですがよろしければおつき合い下さい。
由布市狭間町より由布岳(左)と鶴見岳(右)
第一夜 山の嫁取り合戦
昔々大昔の噺です。女の山の鶴見山は大変美しい山でした。沢山の山が我こそはと結婚を申し込みましたがみんなふられてしまいました。そして最後に残ったお婿さん候補が由布岳と祖母山でした。鶴見山はどちらにしようかと心が揺れ動くので噴火や地震が起こって大変でした。困った周りの者に速くお婿さんを決めろとせかされてついに由布岳を選びました。
それで今も由布岳は鶴見山の隣に居ます。祖母山は振られた恥ずかしさに日向の国の境まで逃げていってしまいました。また姿を見られたくないと我が身を木で覆ってしまったので今でも祖母山は原生林に覆われています。
その時祖母山が流した悔し涙が溜まって出来たのが志高湖です。鶴見山と由布岳の間に出来た子供が扇山だそうです。また鶴見山の情熱がほとばしり出たのが別府の温泉だと言われています。
塚原百景
岩亀山山中の岩窟、天の岩戸と呼ばれている岩亀山
塚原の産土神社、霧島神社はかかあ天下の甘酒祭りで知られています。創建は古く縁起では約二千年前成務天皇の御代となっています。国境を定める為に朝廷より使わされた廷臣が現在霧島神社のある裏手、岩亀山で濃霧のため野営をよぎなくされ、翌朝目覚めれば雲海に九十九塚が小島の様に浮かびその景色から霧島神社として祭られたのが始まりという事です。
この岩亀山は霧島神社の神域として斧や鎌を入れてはいけないため、今も貴重な原生林が残っています。また大岩亀山とも呼ばれ名前の通りに巨石が積み重なった山です。
昭和の初め、当時の考古学会の権威である鳥居龍蔵博士が調査に来て奥宮ともいわれる山中の岩屋を「こここそ『天の岩戸』なり」と発言したため一時は随分と騒がれ昭和十五年には「鬼のみい」の噴火口跡で宮様も御列席されて「天孫降臨祭」が執り行われたそうです。
巨石が累々と重なる頂上部は太古からのパワーを感じる神秘的な場所です。登山道は無く、まず迷います。巨石や急な沢など危険な所が殆どです。入山は十分に気をつけて下さい。
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私の秘密
岩亀山山中の岩実は、私には故郷が三つあります。
といっても生まれ故郷ではなく、育った町が三つでそれぞれが懐かしい故郷です。
一つ目の故郷は大分市の浜町です。浜町の海岸は今では埋め立てられてコンクリートで固められた港湾になっていますが、私の小さい頃は砂浜でした。低い軒が重なる迷路の様な路地を抜けると砂浜の広がる浜辺の漁師町でした。
二つ目の故郷は臼杵市の福良という処です。映画、『男はつらいよ』で撮影された福良天満宮のそばです。近年は臼杵の赤猫で売り出し中の様です。私が小学生の頃の福良は日本昔話に出てきそうな典型的な田舎の風景でした。耕耘機などはなくて田圃を耕すのは牛や馬でした。隣村の叔父が農耕馬に乗ってパカパカとやって来ていました。
三つ目の故郷は別府市です。
良しも悪しくも大温泉街。昔からの湯治場、歓楽街、そして鶴見岳、由布岳の山々と草原、色んな物が混在した不思議な街です。
私はこの三つの故郷を行ったり来たりして育ちました。









